インドの成長 水不足が阻む ジェームズ・クラブツリー氏

シンガポール国立大学リー・クワンユー公共政策大学院准教授

インド南部チェンナイはスマートフォンなどの生産拠点として、製造業の中心都市の座を確実にするはずだった。だが最近、芳しくない理由で注目されている。水不足だ。

700万人規模とされる住民は数カ月もの間、列をつくり給水車などによる水の配給に頼って生き延びている。水の供給が、経済成長の課題として立ちはだかる。

こうした苦難は、アジアのほかの新興国が直面しかねない問題の象徴といえる。外国企業は新興市場への投資を検討する際、ビジネス遂行に影響を及ぼす、限られた範囲の要因に注目する傾向がある。インドの水不足も範囲内に含まれる。

政府のシンクタンク、インド行政委員会によると2030年までに全国的に水の需要が高まり、供給の2倍に達する。モディ首相は5月の再選後、従来の水に関連する省庁を統合し、水専門の省庁を設けた。モディ氏は7月、ラジオ演説で国民に節水をあらためて呼びかけた。

チェンナイが注目を集めるのは、南アフリカ南西部ケープタウンの18年の危機と状況が似ていることもある。上水道の水が完全に枯渇してしまう「デイ・ゼロ」という状態を、多くの人が危惧した。政府は緊急に、チェンナイへ鉄道などで水を運ばざるを得なくなった。企業も打撃を受け、地元のソフトウエア企業は、従業員に在宅勤務を呼びかけているという。

チェンナイの問題は、もともと水が不足しているのに加え、行政の能力が欠けていることに由来するといえる。特に問題なのは、井戸からくみ上げた地下水を過剰に使っていることだ。

現在の水不足は、気候変動が直接の原因ではないという。だが、国連が(かつての南アの人種隔離政策になぞらえて)「気候アパルトヘイト」と呼んだような状況が、現実になるのではという懸念が生まれる。富裕層は回避できる気候変動による災難を、貧困層が被るということになる。

チェンナイの苦境は、ほかの都市にもやってくるだろう。南部ベンガルール(旧称バンガロール)やハイデラバードでは水がなくなりつつある。インド以外でもバングラデシュの首都ダッカのほかジャカルタ、マニラなどは水が不足する。

水不足は、人への影響だけでなく、産業の成長や投資に大きな影響を及ぼしかねない一大事だ。安定した水の供給がなければ、特に化学や製鉄などの大きな工場の運営は難しいだろう。

チェンナイでは、水の需要や供給を把握する能力が不足していることにより、水を管理できない。インドでは汚職もしばしば問題になる。水量の測定や雨水の回収利用から、新たな淡水化プラントへの投資まで技術的な対策を講じれば、大惨事を防ぐ一助になる。シンガポールのような排水の再利用も、特に工業用水に適している。

より困難なのは、政治的な問題への取り組みだ。インドでは水を巡り、産業界と政治的な影響力の強い農家が対立する傾向がある。産業発展により、農業部門の規模が縮小して効率化すれば、水問題が改善する可能性はある。

とはいえ、アジアに到来する水危機の悲劇の一つは、都市部と農村部など国内の分断をさらに深めることだ。分断により、政治による問題解決は難しくなるだろう。

チェンナイの状況が、幅広い警鐘として受け止められるべきであることに変わりはない。水が枯渇してしまえば、アジアの国々が、将来の経済的な飛躍を実現できる可能性は低くなる。